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第二話 「鰯も七度洗えば鯛の味」 神姫を取られてしまった少年、健五と出会った次の日。 「よう、来たか」 昼を過ぎたからそろそろだろうと、外に出るともう健五は来ていた。 「お兄さん……」 「おし、そんじゃぼちぼち行きますか。おやっさーん、ちょっと行ってきまーす」 「はーい。なるべく早く帰っておいでよ」 おやっさんの声を背に店を出ると、入れ替わりに客が数人入ってゆく。 「いらっしゃいませ。あら、シゲさん」 「おう、輝ちゃんとメリーちゃん。と……そっちのボウズは?」 「ああ、こいつは新入りッス」 「そうかい。ハハ、頑張れよう」 「ええ!僕いつの間にここで働くことになったの?」 「ただじゃねえっつったろ。明日一日はタダで働いて貰うからな」 そんな会話をしながら、一路ゲームセンターへ向かった。 ※※※ 一方、店内では。 「マスター! カツカレー一つ頼むよ!」 「あ、俺もね!」 「焼きサバ定食で!」 飛び交う喧噪の中、忙しく手を動かす二人組が。 「はい!焼きサバですね!……ったく、この忙しいのにアキラはどこ行ったのよ」 悪態をつきながら小さな体で何倍もある箸を動かす少女。彼女も、輝の神姫の一人だ。 「男にはね、いてもたってもいられない時があるんだよ」 湯気の立つ真っ白なご飯にルーをかけるおやっさん。 「何ですかそれ。あ、はい!おろしハンバーグですね!」帰って来たらなんて言ってやろうかしら。彼女―雅は、こひる型の小さな体を動かし続けた。 ※※※ 「で、ここがそうか」 三十分ほど歩き続けて、俺たちはようやくゲームセンターに着いた。土曜の午後だというのに人通りは少ない。例の一件のせいだろうか。 だが、一歩店内に足を踏み入れると、様子は一変した。 「はっはっは!でよぉ、そのオーナーがまたアホでよ……」 「マジー!?ありえねー……」 騒ぎは店の奥、神姫のコーナーから聞こえてくる。ゲーム機の音量にも負けていないほどだ。 サービスの行き届いてない店だな。そう思った俺がふと横を見ると、健五の手がかすかに震えていた。 「ほら、行くぞ」健五の手を引いて無理矢理連れて行く。 「あ……」 健五と、案の定たむろしていた不良達の目が合った。 「あ? 誰?」 「お、こいつ昨日のやつじゃね?後ろのハゲは知らねーけど」 ハゲじゃねえ。スポーツ刈りだ。と心の中で突っ込んでおく。人数は……三人か。 「何の用?おっさん」 「おっさんじゃねえよ。……お前らか?こいつの神姫取ったの」 「あ、何? 返してもらいに来たの?」 「俺が質問してんだよ。取ったんだろ?」 「チッ……これだろ」 中の一人がポケットから、ぐったりとしたアーティル型の神姫を取り出してきた。あの様子だと、おそらく充電が切れてしまっている。 「クレア……!」 「で、金は持ってきたのか?」 「ねえよ。今日はバトルしに来たんだ。俺とこいつが代わりにな」 俺が肩から提げていたカバンから、メリーが顔をのぞかせる。 「俺たちが勝ったら、こいつの神姫を返してここから出てけ」 「じゃあ、俺らが勝ったらその神姫はもらうぜ。こいつともども売り飛ばせば少しは金になる」 ぎゃはは、と笑う不良どもを一瞥して、俺と健五は傍のバトル用の筐体に歩み寄る。 「えーと、じゃあリアルで」 バーチャルではなくリアル用のコンパネを操作した俺の一言に、不良達の笑いが止まった。 「は?」 「いや、だからリアルバトルだよ。これでやるって設定したから」 「おいおい、神姫が壊れるかもしれないだろ!? いいのかよ!?」 「ギャーギャーうるせえよ。喧嘩しに来てんだよこっちは」 カバンから武装を出してメリーのセットアップをしながら俺はつぶやく。 「つーわけだ。頼むな、メリー」 「任せて下さい!」元気よく返事をして、メリーは操作パネルの横の、四角いゲートのような所から筐体の中へ身を躍らせる。 「チッ、後悔すんなよ!」不良のリーダーらしい金髪のやつも、自分の神姫を送り出す。 リアルバトルの場合は互いの神姫が直接にぶつかり合うため、五、六メートル四方の筐体の中で戦うにはどうしても空間的な余裕が出来ない。かつ、フィールド自体もデータではなく本物になる関係上大がかりな変更は出来ず、自然とバトルの場は限られる。 よって、今回の舞台はバーチャルバトルにおける「実験場」と呼ばれるステージ。障害物が無い、平面的な場所だ。 ICカードを差し込んだ俺は、相手の神姫を観察する。遠目からだと黒光りして見えるそいつは、ツガルの素体に悪魔型やカブト型、夢魔型の鎌といったパーツを満載している。なるほど、健五の言葉通り、確かに大幅なカスタムを施してあるようだ。 対する俺の相棒は。 「おい、あれ」 不良の内の一人がメリーを指さす。 筐体の中でストレッチをするメリーの装備は……ノーマルのメリエンダの装備に、ゴーグル状のセンサーパーツ、それだけだ。 「ぷっ」一人が吹き出したのを皮切りに、 「ぎゃーはっはっはっはっは!」全員笑いやがった。 「おいおい、いくらなんでもないだろ」金髪の野郎もモニターを眺めて笑っている。 「お兄さん、これじゃ勝てないよ……戦力差が有りすぎるよ」 健五までもが不安と呆れの入り交じった表情だ。だが俺は。 「俺の好きな言葉にな、鰯も七度洗えば鯛の味、ってのがある」 「鯛……?」 「見てな」 そして、試合開始のゴングは鳴る。 直後、相手のツガルがメリーめがけて突っ込んだ。 ※※※ 私は筐体に入ってから、まずは軽く関節の動きを確認する。それから、センサーの調子と、使い慣れたスプーンの調子も。 筐体の外では、私を指さして皆が笑っている。対戦相手のツガルさんも半笑い。 でも、私はなんとも思わない。 私は、アキラさんを信じているから。 試合開始のゴングが鳴った。同時に、ツガルさんがこちらに向かって来る。 重そうな武装で驚くほどの動きをしながら、身の丈ほどもある巨大な鎌を、私めがけて振りかぶる。 「「ふっ!」」 ツガルさんが鎌を振り下ろすのと、私がジャンプするタイミングはほぼ同時だった。 一瞬ツガルさんの顔に笑みが浮かんだけど、すぐに消えた。 相手は、今の一撃で確実に仕留めたと思ったのだろう。確かに速かった。 でも、私が上に飛び乗れるほどのスピードの鎌なら、大したものではない。 「いきなり仕掛けるなんて、マナーがなってませんよ」 もう一度ツガルさんが鎌を振る。私はもう一度ジャンプすると、続けて繰り出された一撃をバック転してかわし、着地。さらに二歩、三歩と距離をとる。ツガルさんの表情から少しづつ余裕が無くなっていくのが分かる。 「焦らないでくださいな。まだ試合は始まったばかりですから」 ※※※ 驚いてるな。 対戦相手の気分がそれとなく伝わってきた。 今度はツガルが腰のアーマーから小さなミサイルを放つ。 「スプーンを足場にしてかわせ」 「了解」 メリーは短く返事をすると、腰にマウントしたスプーンを外し、地面に突き立てると片手でその上に逆立ちする。 ミサイルがスプーンにヒットし、噴煙をあげる。が、メリーは無傷。手に軽く力を込めて、反動でジャンプし着地。 「っ!」ツガルがまたも驚愕する。それから不良達と、俺の隣で見ていた健五も。 「なんだよアレ」 「三橋サンの神姫が軽くあしらわれてるぜ……!」 「お兄さん……!なに、この動き!?」 俺はにっかと笑って、健五に答えてやる。 「なんて事はねえさ。オーナーなら誰でもやってる事を、ちょっと突き詰めてやっただけだ」 「?」 「調整だよ。関節の動きから動作の確認、武装のチェックとか戦術の組み立てとか。それをちょっと頑張っただけだ。昨日の夜遅くまでな。感謝しやがれ」 しゃべっている間にも、相手はまた仕掛けてくる。短銃を三連射。メリーはスプーンを盾にしてそれをかわす。 「でもお兄さん、こんな動きって……」 「どっか街の神姫センターなりゲーセンなり行ってみ。みんなこんぐらい普通にやってんぞ」 今度はツガルが短銃を撃ちながら接近。スプーンでそれを防いだメリーだったが、それが相手の狙いだったようだ。背中に接続されたリアパーツの巨大なシザーで、メリーを挟み付ける。 「くあっ」 「おし! 捕らえた!」 「ああっ! だめだ!」 メリーが小さく呻き、不良どもが歓声を上げ、健五が叫ぶ。 シザーの出力が徐々に上がり、メリーのボディーが軋み始める。 「んうう……」 だが、俺の相棒はこんなもんじゃない。 「メリー」 「分かって、ますよ、アキラさん!」 俺の合図で、メリーは両腕に力を込める。すると、少しづつ、少しづつシザーが反対に開き始める。 「んううう……ううっ!」 「なっ……に!」 「そんな……どうして? お兄さん、なんでこんなパワーが?」 俺は人差し指をぴっと立てる。 「メリエンダタイプの神姫はな、神姫が使うには重いような人間サイズの物も扱えるくらい、本当は力が強い神姫なんだ。だから調整してやれば、このぐらいの力だって出せる」 「んう……う……たあっ!」 両手の力でシザーを無理矢理に押し開き、メリーが上に飛び出す。 「メリー、ビブラーターをジョイントに打ち込め」 「了解!」 メリーは空中で背中のパーツを外す。スプーンをマウントしていたそれから、使っていない一本を取り外せば、短銃「ポルボロン・ビブラーター」に早変わり。 そのまま相手の肩に飛び乗ると、その大きなリアパーツの継ぎ目めがけて光線を打ち込む。 「あっ!」 ツガルが驚愕するのと同時に、リアと、接続されていたアーマーが音を立てて外れる。 「ライトアーマー神姫には重武装の神姫には無い身軽さがあるし、どんなに外側が堅くても弱い一点を狙えば簡単にばらける」 アーマーが外れてしまえばこちらのものだ。メリーは銃を腰に戻すと、闇雲に振り回される鎌をかわしながら落ちていたスプーンを拾い上げる。 「つっ!」 そのまま助走をつけてジャンプし、相手の肩を踏み台にして真上へ飛び上がる。 「だめ押し!」 再びビブラーターを撃つ。放たれた光弾が、ツガルの素体の表面を焦がす。 「うあああ!」 ボディーを襲う痛みに、ツガルの足が止まる。 そのままメリーはツガルの背後に着地すると、スプーンを野球のバットの要領で振りかぶる。 ツガルの目が見開かれた。 「ばっ……化け物……」 「そんな、ひどいです」 短いやりとりをかわし、メリーがスプーンを思い切り振り抜く。 めしゃ、と音を立て、ツガルは筐体の外側の強化ガラスまではじき飛ばされた。 ガラス面に激突したツガルは鈍い音を立てて地面に落ち、同時に試合終了のブザーが鳴る。 「K.O! ウィナー・メリー!」 ジャッジの判定と共に、メリーはゆっくりとスプーンを腰に戻した。 「やあったあ!」 健五が両手を上げて喜ぶ。それを見ていると、俺にもやった甲斐があるってもんだと思う。 やがて、筐体の反対側からさっきの金髪が姿を現した。 「なっ……なんなんだよ……てめえ! どういう事だよ!」 「あ?」 「なんでノーマルの武装しかない神姫があんなに強えんだよ!あんなの……! どう考えても違法だろっ!」 「何が違法だってんだ。ただの調整だ。誰でもやってる事だろ?」 「けどっ……!」 「なんなら調べても良いさ。……だいたい、機動力が武器のはずのツガルにしこたま武装乗っけて、神姫本来の力が出せてねーじゃねえか。おめえは」 「……!」 無理も無いわけだよ。 「それに、人の神姫取ったり、ゲーセンで周りの迷惑考えず何時間もだべったり、どの口が人を違法って言えんだ、あ?」 「こっ……この野郎……!」 耐えかねた金髪は顔を真っ赤にして殴りかかってきた。 「おっと」 それを右手で受け止め、紫色になるくらい強く握ってやる。 「いっ、痛てててっ!」 「約束だ。あいつの神姫を置いて出てけ。こいつらの居場所に二度と来んじゃねえよ」 「わっ、分かった! 痛ててっ! 分かりましたっ!」 俺が手を離すと、不良達はクレアを台に置いてそそくさと店を出て行った。 「ふう」 これで一仕事終えたか。手近にあったベンチに座り込むと、メリーが俺の膝に乗ってきた。 「アキラさん、大丈夫ですか?」 「へーきだって。一服したら帰るぞ」 携帯の時計を見ると、時刻は三時にさしかかろうとしていた。あっちゃあ、もっと早く帰るつもりだったのになあ。 「あの、お兄さん」 「んあ?」 健五が俺の隣に座ってきた。両手に大事そうにクレアを乗せて。 「あの……クレアを助けてくれて、ありがとう。お兄さんのおかげで……」 「全くだ。ったく、良い迷惑だぜ。それと、お兄さんはやっぱ止めろ。輝でいい」 「じゃあ、輝さん」 俺はゆっくり腰を上げる。 「そいつ、大事にしてやれよ。それと、もう面倒起こすんじゃねーぞ」 「うん。……僕らももっと練習して、輝さん達みたいに強くなるよ」 「俺らみたいに・・・ねえ」 俺は立ち上がると、帰るぞ、とメリーに合図する。すると、メリーは俺の肩から飛び降りて、なにやら健五に耳打ちしだした。 ※※※ 「アキラさん、あんな事言って本当は恥ずかしいんですよ」 「え……」 「何かあったら遠慮せずに相談しに来てくださいね。お待ちしてますから」 ※※※ メリーは意外と早く戻ってきた。何を話してたんだ。 と、健五が立ち上がって何か叫んだ。 「輝さん!」 「あ?」 「ありがとう! ……あと、さっきの鯛がなんとかって、どういう意味?」 「あー? それはな」 「鰯みてえな安い魚でも、丁寧に洗えば鯛にも負けない味が出る」 つまりは。 「どんな物でも丁寧に使えば結果が出るってことさ」 第三話 箸とスプーンとおしゃべり子猫へ続く 武装食堂へ戻る
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メニュー トップページ +『過去ログ』 【2009】 5/12-8/31 9/1-4/30 ジオラマスタジオ 二次創作物 掲示板<ただいま閉鎖中> 公式 神姫NET 管理人の公式掲示板投稿履歴 wiki 武装神姫BATTLE RONDO」スレ まとめwiki リンク 当サイトへのリンクについて 梟遊の無駄書 更新履歴 取得中です。 ここを編集
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SHINKI/NEAR TO YOU Phase01-4 色取り取りのレーザーで造られた地平、そのフィールド上を白い翼が舞った。数ある武装神姫の中でも最もオーソドックスなタイプ、天使型MMSアーンヴァルモデルだ。 天使型神姫は持ち前のスピードを活かしライトマシンガンの射撃で相手をけん制する。相対するもう一体の神姫は、天使型の攻撃に防戦一方のようだ。 反撃してこない相手を見て好機と判断したのか、天使型はすかさずライトセーバーを抜き放ち距離を詰める。 一瞬の交叉。 勝利の女神が微笑んだのは、優勢に見えた天使型の方ではなくもう一体の方だった。天使型の斬撃を鋭い動きで避けたその神姫は、体勢を崩した天使型に後ろから組み付き力でねじ伏せると、そのまま天高く飛び上がる。 天使型は相手を振りほどこうとするものの、相手のパワーがそれを許さない。 天使型を完全に捕らえたその神姫はそのまま大きく身を反らせ、そのまま天使型神姫を大地へと叩きつけた。 フィールドを揺るがすかと思うような轟音の後、その場に立っているのは天使型を打ち倒した迷彩模様に身を包んだ大柄の神姫だった。 「おおっ、デッカイ方が勝ったじゃん! 途中まで負けてたのに」 「ふむ。反撃しなかったのは、ワザと劣勢に見せかけて相手の油断と隙を誘うためですか。あちらの迷彩の方もなかなかやりますね」 目の前で繰り広げられたばかりのバトルの様子に、シュンとゼリスがそれぞれの感想をもらす。 「どうどう? やっぱりバトルは武装神姫の華よね。センターの最新型バトルマシーンでのバトルは、そこらの増産型のちゃちなモノとは違うでしょ?」 伊吹の言う通りだった。最新のゲーム筐体というだけあって、三次元モデリングによるバトルフィールドの精緻さ、各種モニタリング機器によりリアルタイムに戦況の変化が判るバトルシステム、一般的なゲームセンターに出回っている既製品とは比べものにならない。何よりもそこに集う猛者たちのレベルが違う。 「これが本場の武装神姫バトルか」 「ふっふっふ~、すごいっしょ? じゃあ早速カウンターに行ってサクッと登録すませましょう」 「カウンターで登録?」 オウム返しに尋ねるシュンに伊吹とワカナコンビが答える。 「センターに来たらまずはサンカトウロクだよ~」 「そ、神姫センターでのバトルはすべて戦績が記録されて、神姫BMAの公式クラシフィケーションにも反映されるから、施設内のゲーム筐体で遊ぶ前には参加登録をするようになってるの」 「ふ~ん、なんか面倒そうだな」 「ダイジョーブ、ダイジョーブ♪ 登録っていっても不正改造パーツでも使ってない限りオーナー登録をデータベースに参照するだけですぐに終わるから」 「シュン、横着しようとせずにここは伊吹さんに従うべきです。というか早く行きましょう。いわゆる〝善は急げ〟ってヤツですね」 伊吹とゼリスのふたりに急かさつつ、シュンはカウンターに向かう。受付自体は伊吹の言う通り神姫のオーナー登録やオーナーの本人確認などをネットワークからデータベースに確認するだけで、シュンはホッとした。 「なんだ、結構簡単なんだな」 「ね? 別に慣れればどうってことないでしょう。後は……そうね。シュっちゃんはここを利用するの初めてだから、このセンターのメンバーカードも作っておくと次からは照会手順を省略できるし、ポイントでいろいろなサービスもついてお得なんだけど。……どうする?」 登録を済ませたシュンに続けて伊吹がいろいろ教えてくれる。どうもここは常連である伊吹の言うことを素直に聞いておいた方がよさそうだ。そもそも今日はずっとこんな調子でうまくいったんだし。 「うぅぅぅ~ん。……それもやっとくか」 「じゃあ、あっちで手続きしてもらいましょう。ワカナとぜっちゃんはここでちょっち待っててね?」 シュンと伊吹は連れ立ってカウンターの前を離れる。ゼリスとワカナはひとまず天板の隅に腰掛けた。静かに佇むゼリスに比べ、ワカナの方はジッとしているのは苦手らしい。すぐにソワソワし出す。 「ふにゅ~。タイクツだよ~」 「ワカナさん、まだふたりがここを離れてから2分37秒しか経過していません。しばし静粛にしているべきです」 落ち着き払ったゼリスに対し、ワカナはひとしきり足をバタバタさせた後、ピョコンと立ち上がった。 「うんしょっ、ひらめいた~。ふたりが戻ってくるまで、ボクはちょっとボーケンの旅へ出かけてくるよ。とっても楽しいよ~」 「斥候任務ですか? ふむ、なるほど。確かにここの地の利についてはワカナさんの方が熟知しているようですからね。この場は私に任せて、どうぞ大役を果たしてください」 「わかったよ~。それじゃ、ちょっと行ってきま~すだよ~」 「気をつけてくださいね」 ワカナはカウンターから飛び落ちると、くるくる宙で回転しながら身軽に着地、意気揚々と人だかりの方へ向かう。ひとり残されたゼリスはその様子を見送った後、その先のゲーム筐体の方へと目を向けた。 筐体の周りは観客や野次馬で一杯だった。筐体上部に設置されたモニターに、今行われているバトルの光景が映し出されている。 「戦の風……其は美しく舞い散る天使の翼……」 すぐ側から聞こえる謳うような朗々とした声にゼリスは横を向く。そこには見知らぬ白い神姫がひとり佇んでいた。 「はじめまして。あなた独り?」 「いいえ、現在メンバーカードの手続き中のシュンを待って待機中です」 「そう。見ない顔だけど、新人さんなのかしら?」 「そうなりますね。神姫センターを訪れるのは今回が初です」 白い神姫はゼリスの返事に微笑んだ。白く長い髪に白い肌、簡素な素体のスーツも白、純白の神姫だ。彼女は屈託のない笑顔でゼリスに語る。 「ここはまさしく幻想の舞台。人間たちの想いで機械仕掛けの妖精たちに心を吹き込む、真夏の夜の夢の世界ね」 「……心を吹き込む?」 彼女はモニターの神姫バトルに恍然とした瞳を向ける。 「ふふ。妖精はね、心を持っていないのよ。だから誰かが与えなければならないの。……素敵じゃない? 人間たちの心を受け取り、妖精たちは初めてプシュケになれるのよ」 スクリーンから漏れる明かりが、彼女の顔に様々な光を落とす。そんな彼女が出し抜けにこちらを振り向いた。つられてその紅い瞳が見つめる先をゼリスが目で追うと、カウンターの向こうからシュンと伊吹のふたりが戻ってくるところだった。 「ぜっちゃん、お待たせ」 「ちょっと時間かかったな。何か変わったこととかあったか?」 話しかけるふたりに、ゼリスは知り合ったばかりの白い神姫を紹介する。 「ふたりの不在中に知人がひとり増えました。こちらの方です」 「こちらって……何処だよ?」 おかしな顔をするシュン。ゼリスはさっきまで隣に座っていた少女を振り返るが、すでにそこには誰もいなかった。 「……意外とせわしない方のようですね」 ゼリスがお決まりの仕草で小首を傾げるのと、三人がワカナの叫び声を聞いたのは、ほとんど同じタイミング。 「タイヘンだよ~っ」 ワカナは小さい体で精一杯叫びながら、慌しく駆け寄る。 「ゲーム機で、神姫ばとるがタイヘンでバーンでドーンだよ。男の子がわんわんだよ~っ」 慌てるワカナの意味不明な説明に、シュンたちが頭に?マークを浮かべたとき、ゲーム筐体の方から一際大きな歓声が沸き立った。 ▲BACK///NEXT▼ 戻る
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そのに「回顧録・一」 僕がのティキを所有する事になってから、日はまだ浅い。 今僕と共にある武装神姫――ティキは、元々亡父の物。言わば形見だ。 つまり僕は自分の神姫と付き合っていく上で、ティキを一から育てると言うメリットを放棄させられたワケだ。 そして手探りで半ば完成されたティキというパーソナリティーを理解していくと言うデメリットだけを負わされた事になる。 それを少しでも克服したいと(愚かにも)思った僕は、夜中にただ一人で無き親父の書斎へと向かう。 ……冷静に考えれば、こんな考え方だから僕は振られたのだろうか? ちなみに、本来神姫はただ一人を『オーナー』と認識したら機能『停止』、観念的に言ってしまえば『死亡』するまで変更することが不可能なのだ。が、ティキの様な『オーナー』死亡の場合に限り、別オーナーへの再登録が認められる。 それまでの神姫のパーソナルをそのまま引き継ぐ為には、わざわざ必要書類をそろえて、郵送し、更にメーカーと再契約しなければならないけど。 それはさて置き。 親父はマメな人物でもあったから、もしかしたらPCに痕跡ぐらいは残ってるだろうとそう思ったのだ。 果たしてそこには『日記』と記されたフォルダが残されていた。 ……痕跡どころじゃねーよ。そのものだよ。 ともあれ、僕はそのファイルを開く。 ○月○日 この日俺はついに武装神姫に手を出してしまった。 こんな事家族に言ったらもしかしたら妻は離婚を言い出すかもしれない。 息子に言ったなら、俺は軽蔑され、冷たい視線を受ける事になるだろう。 でも、お義父さんの神姫を見ていたら、どうしようもなく、たまらなく羨ましくなったのだ。それはもう仕方が無い事なのだ。 俺は食事、団欒の後、なるべく自然に書斎へ戻ると、逸る心を抑えられずすぐさま神姫のパッケージに手をつけた。 MMS TYPE CAT『猫爪』。 俺は焦りながらも慎重に、とにかく家族に気付かれない様、細心の注意を払って開けてゆく。 そこには夢にまで見た神姫が、眠るようにいた。 俺は早速神姫を起動させる。 何かしら説明の様な事をきった後、彼女はおもむろに俺に言った。 「愛称と、オーナー呼称を登録してほしいですよぉ♪」 ……この子は何で歌うように喋るのか? お義父さんの所の娘達は普通に話していたのに??? 「どうしたのですかぁ?」 にっこりと笑って俺を見る。と言うよりそんなものを登録するという事実をすっかり忘れていた。 「……あーすまん。チョット待ってくれ。考える。」 「ハイですぅ♪」 目の前の神姫はそういうとその場でぺたりと座った。 あーかわいいなぁ。……いや、そうじゃない、考えよう。 どうせなら変わったのが良いな。でも愛称は変すぎても可哀想だ。と、俺が頭を捻っている間も彼女は俺をジッと見つめている。……愛らしいなあ。 はた、とそこで思いつく。 「オーナー呼称の方、先でも良いかな? 『旦那さん』と呼んでくれ」 「『旦那さん』ですねぇ♪ ……登録したですよぉ♪」 そういうと彼女は「旦那さん、旦那さんですぅ☆」と何度も言って机の上をピョンピョンと跳ね回った。 そんな彼女を見ていると微笑ましくなる。……正直に言えば、ニヤニヤしている自分を自覚する。 そんな彼女の様子を目で追いながら、俺は愛称を考えていた。 「ダメ大人じゃねーかよ!!」 僕はただただ、PCの前で突っ伏した。なんだか日記も妙に読まれる事を意識した書き方だし。 でも、それと同時に戦慄した事が一つ。 ……確実に僕にもこの親父の血が流れていると実感した事。 終える? / つづく!
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キルケの初バトル・前編 「そう言えば礼奈、キルケにはバトルさせるのか?」 「うーん・・・考えてなかったな。キルケはどう?バトル興味ある?」 「はい、やってみたいです。実はこんな日が来た時のために訓練はしていたので」 キルケは少し嬉しそうな顔で、ストラーフにしては丁寧な口調で答えた。 「いつの間に・・・ま、いいや。センター行こ!兄さん、一緒に行こうよ!」 「あぁ、わかった。ただし俺とタマはバトルしないぞ。キルケと違って、タマはバトルが好きじゃないからな。」 「もったいないなぁ、武装神姫なのにバトルしないなんて」 「何も戦うだけが武装神姫じゃないんだ。な、タマ」 「うん!」 とりあえずセンターには同行する。わりと近所にあるので、通いやすい。 「さぁ、着いたぞ」 「わーい!」 中は広く、たくさんの神姫のオーナーがいた。 「みんな神姫持ってる!すごーい!」 「そりゃ神姫センターなんだから当たり前だろ」 「シュミレーションバトルの申し込みをしないと」 礼奈は辺りを見回した。すると、受付らしきものを見つけた。 「あ、多分あれだ!」 「よし、行こう」 「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか?」 「シュミレーションバトルをやりたいんですけど・・・」 「初心者の方ですね?それなら、こちらでユーザー登録をお願いします」 その後礼奈のユーザー登録などを済ませ、いよいよ対戦相手を決めることになった。 「まだバトルの経験は浅いからな・・・相手も初心者がいいだろ」 と和章が言ったので今戦えるユーザーから初心者を検索。ちょうど一人いた。 「じゃあこの人で」 相手はエウクランテのマスターらしい。 ストラーフの基本装備は機動性に欠けるから、飛行できるエウクランテには不利だが、同じレベルの相手が一人しかいない今、変える訳にもいかない。 「気をつけろ、相手は空を飛べる。ストラーフの基本装備じゃちょっとキツイぞ」 「わかった。気をつけるよ。」 「何ならタマの装備一応持ってるから貸してやろうか?」 「いいの?じゃ、お願い」 こうして出来た装備は、脚にGA2サバーカレッグパーツ、背中にDTリアユニットplus+GA4アーム、胴体にマオチャオタイプのアーマーと腕だが、腕の先はサブアームの代えの手パーツになっている。 見事に忠告を無視した装備となった。 その代わりに武器はシュラム・リボルビンググレネードランチャーやモデルPHCハンドガン・ヴズルイフと遠距離用にしてある。これなら起動性が悪くても攻撃できるが、正直キツイと思う。 「準備できたよ!じゃ、行って来るね!」 「頑張れよ。」 「がんばってねー!」 後編につづく 第一話に戻る ネコのマスターの奮闘日記
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西暦20XX年、幾らかの災害こそあれど、3度目の世界大戦も起きることなく今日に至る日本。 今、日本、いや世界中でブームとなっているホビーがあった。ガ○プラだの遊○王だのヴァ○ガー○もメジャーだが。 俗に、「武装神姫」と呼ばれる全高15cmの自律稼動する少女達。 知性と感情を備えた彼女達は、ときに生活のパートナー、ときに友人、ときに小さな家族、ときに戦場での相棒として広く普及している。 なかには小さな嫁だったり主従関係が逆転してたりある意味特殊な事例もあるが… そしてなかには、単なるバトルの道具扱いされるものもいる… これは、ひょんなことから神姫に関わることになった青年と、事情持ちの神姫の話… …の予定だ!内容?続く範囲ってことで。
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武装神姫のリン 第3話 「イベントへ」 最近はリンは俺の買ってきた服(あの日以来、月に1度ほど新しい服を買ってやることにしている) を着て、休日は出かけたりする。 で、今日も目的地へ向かう電車に俺は乗っているわけだが、今回は少し事情が違う。 今までは普通の繁華街へ行くぐらいだったのだが、今日は武装神姫のプロモーションも兼ねた大々的なイベントが開催されるということで一度行ってみようということになった。 イベントは基本的に新モデルの発表があったり、『舞装神姫』コンテストの成績優秀者の神姫によるファションショーやら、バトル方面ではS、Aランカーによるエキシビジョンマッチ等がある。 そんな中でも今回のイベントは格が違うらしく、イベントの会場が某オタクの祭典と同じらしい。 もちろんエキシビジョンもあるのだが、今回はメーカーからの販売基準をクリアした『同人』武装パーツや衣装(こちらは主にゲームやアニメの会社が自社の版権作品のキャラの衣装を販売するそうだ)の即売会も会場の1/3ほどのスペースを使って行われる。 マニアの間ではこちらの方がメインらしく、有名企業のゲームキャラの衣装等は一般販売があと半年は無い予定でプレミアが付くという情報が飛び交ったりしたそうで徹夜で並ぶ者もいたらしい。 と、なんで俺がこんな情報を知っているかというと…… 俺をこの世界に引き込んだ友人は一般的にオタクと呼ばれる人であり、彼はこういったイベントの情報はどこからかは知らないが最速レベルで手に入れてくる。 そんな彼は昨夜から有給を取り、徹夜で即売会入り口に並んでいる。 なんでも、リンの分も服を買ってくれるそうなので俺はそのための軍資金と判断基準(1着の値段や、特殊な趣味のモノは避けるなど)を書いたメモを渡しておいた。 今日が一般の給料日の週の日曜という条件がなければ軍資金を渡すことなどできなかっただろう。 企業も考えているということだけは分かった。 で俺はリンと一緒にイベント会場の入り口にいるわけだが、こちらも結構人が多い。 子供連れの親子や、結構年配な夫婦などが見られる。 だいたいそういった客は「舞装神姫」のファッションショーが目当てのようで既に第1回ショーの開催時間が近づいているためか、皆足早にステージへ足を運んでいる。 で180度反対方向はエキシビジョンマッチのステージであり、コチラは大体俺と同じような10代から20代半ばの男性ユーザーが多い。 女性のグループもしばしば見られる、ファッションショーよりこっちが好きという女性も多いようだ。 取り合えずエキシビジョンマッチの方が人が少なく、ステージが良く見えるのでまずはコチラを優先した。 さすがにこちらのステージにいるユーザーの神姫は服を着ていることが少ない。 「マスター、アレを。」 リンに促されてステージのバックにある大型スクリーンに目を移す。 エキシビジョンマッチの第1戦が始まったようだ。 対峙するのはストラーフモデルとマオチャオモデル。ストラーフモデルは基本セットのアームやレッグに多様改良が加えられ、スラスターも追加されている。武器はハンドメイドらしい刃物を各部にマウントしている。中、近戦専門でロングレンジでの戦闘は全く考えていないセッティングだ。 一方マオチャオモデルも同じく両腕にドリルということで接近戦主体らしいが、アーンヴァルのパーツを身につけていて、相手のストラーフモデルに比べ、飛行もしくは滑空が可能のようだ。 戦闘が開始される。 先に仕掛けたのはストラーフ。 スラスターの出力全開で一気に距離をつめ、セカンドアームのナイフで切りつける。 が相手のマオチャオは冷静に右手のドリルで迎撃、開始数秒でいきなり2体の間で火花が散る。 密着した状態からストラーフはメインユニットが腰にマウントされたリボルバーを抜き取った、と次の瞬間銃声。 だがマオチャオは宙返りの要領でそれをかわすと共にストラーフの後ろを取り、強烈なキックをお見舞いしていた。 体勢の崩れたストラーフにマオチャオが追撃のドリルを放つ。 がストラーフもソレを紙一重で避けセカンドアームで反撃。 マオチャオはスラスターの逆噴射でそれをギリギリで回避し距離をとる。 気が付くと周りの観客は歓声を上げている。 それほどに見入っている自分が不思議に思えたがそれはリンも同じようだった。 「……彼女達はすごいですねマスター、私が思っていた『バトル』とは次元が違います」 「まああのモデルは全国大会で入賞が当たり前のレベルのランカーだからな。あんなふうになるには相当は時間が掛かってるはずだ、訓練とか入念なパーツのメンテナンスがあってこそだろうな。」 「私も、あんなふうに闘えたら……」 「おい、お前バトルに興味あったのか??」 「…はい。最近TVでもバトルの中継が増えてますし、『武装』神姫は基本的に戦闘が主の目的で作られていますので」 「オシャレだけじゃ物足りないか…」 「いえ、決してそういうわけではありませんがこういうのも見るとなんだか身体を動かしたくなってくるんです」 なんというか、コレは血が騒ぐという現象なのだろうか? やはり武装神姫という名前が付いているだけあってやはり闘争本能(?)は抑えられないということなのだろう。 「そうか、ま今日は無理だろうけど今度、な」 「でも、マスターが争いを嫌うということであれば無理をしていただかなくても…」 「いや、俺は最初はバトルメインで神姫を扱おうとおもってたけどお前がピ○チュー好きだとか言うもんだからてっきりそういうのは苦手だと思ってた。」 「じゃあ、マスターも?」 「そりゃそうだ。仮に着飾ったりするだけならおまえを買ってきたときに一緒に買えばいいんだし。 ということで今度から大会も視野に入れてがんばってみるか?」 「はい、マスター」 そんなこんなで俺とリンは新たな決意をしたわけだ。せっかくのバトルのお手本が目の前にいるのでそちらに視線を戻す。 さすがにガチの接近戦だとセカンドアームのパワーの分不利と踏んだのか、マオチャオが戦闘スタイルを変えた様だ。 アーンヴァルのパーツの飛行能力を駆使して縦横無尽に戦闘フィールド内を翔ける。 そしてマオチャオの特殊武装。 プチマスィーンが姿を現した。こいつで牽制をして決め手のドリルをお見舞いするようだ。 一方ストラーフはこのスピードに対抗することが出来ないので構えを正し、ドコからの攻撃にも反応できるように神経を集中している様だ。 いつの間にかストラーフの右のセカンドアームに黒い刀身の大剣が握られている。 見たところ装備されていたサーベル等を組み合わせると一振りの大剣になるらしい。 コイツのオーナーはFF7ACに感化されていると見た。 しかしほかに装備は無い。コイツだけで勝負を決めるつもりだ。 マオチャオが急旋回して突っ込んでくる。そして反対からはプチマスィーンが砲撃をしてくる。 プチマスィーンの砲撃は1発当たりのダメージこそ少ないものの、確実に集中力を奪い、かつダメージも塵も積もれば山となるといった感じで馬鹿に出来ない。 ストラーフは後方から来るプチマスィーンには目もくれずマオチャオに向かって跳ぶ。 が右手にはあの大剣は見当たらない。と思った瞬間に爆発音。 後方でプチマスィーンが爆発していた。残骸に突き刺さっていたのは無数の刃。 あの大剣は瞬時に分解可能らしく、分解途中の状態で投げればバラバラになりながら刃の壁ができるというわけだ。 しかしストラーフ本体にはあのドリルに対抗しうる武装が無い。しかし2体の距離はゼロに近づく。 ストラーフはセカンドアームを。マオチャオは両腕のドリルをお互いに叩きつけようとする。 そのまま2体が正面からぶつかり、お互いにフッ飛ばされて着地した。 が立ち上がったのはストラーフの方だけだ。 セカンドアームは完全に砕け、ヒジから先がなくなっていた。 マオチャオモデルはドリルこそ無事だがメインユニットの胸部に小さなナイフが刺さっている。 同時に今までで一番大きな歓声と拍手が起こる。 決着のシーンのスロー映像が再生される。 2体が激突する前。ストラーフの左のレッグパーツから例のナイフが飛び出した。それはマオチャオの胸に向かっていく。 マオチャオの右腕のドリルもまっすぐにストラーフのメインユニットの腹部を狙っていた。 がストラーフのセカンドアームが右腕のドリルに生拳突きを食らわす。もちろんセカンドアームは破壊されたがドリルの軸がずれた。 マオチャオの左腕のドリルも反対側のセカンドアームで空手の受けの形で何とかそらす。が左腕のドリルはストラーフのリボン、武装マウントを完全に破壊、そのままセカンドアームの基部も綺麗に抉っていた。 普通ナイフがぶつかる程度ではマオチャオの胸部装甲は貫けないが2体のスピードが余りに速かっためか、ナイフはストラーフのメインユニットがその腕で少し力をかけるだけで簡単にソレを貫通していた。 今回の勝敗の分かれ目はマオチャオはドリルに頼りすぎたこと、あとはセカンドアームを犠牲に、しかも運に結果は左右される戦法を選択したストラーフの度胸だろう。 やはりS級同士の勝負となると迫力が違う。 こんな感じで『舞装神姫』は最後のステージを見ると決め。残りのエキシビジョンマッチも食い入るように見ていた俺とリンだったが、全てのエキシビジョンマッチが終わったところでステージにコンパニオンと思われる女性が立ち、こう言った。 「エキシビジョンマッチはいかがでしたでしょうか? コレを見てバトルに興味を持たれた方もいらっしゃると思います。 今回はエキシビジョンマッチの展開が速く、予定時間より1時間も早く終了してしまいましたので急遽ビギナーユーザー様限定の新人戦トーナメントを行いたいと思います。参加は6名まで。 まだバトルユーザー登録されていない方、もしくは登録したがまだ大会には出たことが無いというユーザー様限定になります。今回はデータを使用してのバーチャルマッチになりますのでお客様の神姫やパーツに傷が付くことはありませんのでお気軽にご参加ください。」 これを聞いたリンが俺に顔を向けてくる。 「マスター!!」 「ヤル気だな。いっちょ参加してみるか。」 こうして俺とリンのバトルユーザーとしての第1歩が踏み出されることとなった。 ~燐の4 「予想外の初陣」~
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トップへ 戻る 武装神姫。 人の持てる技術の粋を結集して作られた、機械仕掛けの御姫様。 そして、今私の目の前にいる小さな少女。 「主よ、一つ質問を許して貰えるか?」 セイレーン型武装神姫、エウクランテ。 「ええ、体重以外ならなんでも」 桃色の髪に赤い瞳を揺らす、小さな、とても小さな少女。 「感謝する。主はどういう目的で私を求めたのだ?」 まるで雛鳥のような純粋さを持つ少女。 「目的?」 まるで子供のような無垢な瞳を持つ少女。 「私は主の神姫だ。主の目的に沿った働きをするのが、私の役目なのだ」 まるで、ナイトのような忠義心を持つ少女。 私が貴女に求める事はただ一つ。 私が、貴女を必要とする理由はただ一つ。 「じゃあ、一つだけお願い出来る?」 「なんなりと、主」 「……私の家族になってくれる?」 貴女は笑った。 「ああ、喜んで」 花の様に、笑った。 武装神姫。 それは、私の新しい家族。 街の片隅に私の住むアパートはある。 近くには商店街があって、駅も近い。 言った事は無いけど、神姫の大学もあるらしい。 「主よ。主は本が好きなのか?」 私の住むアパートは少し古ぼけた印象の二階建てだ。 私の部屋は二階のの角部屋だ。 「どうしてそう思うの?」 部屋は狭すぎず、広すぎず。一人暮らしには丁度いい広さ。 お風呂もトイレもちゃんとあるし、ゴキブリも今のところ見ていない。 「部屋の中が本だらけだからだ」 シルフィの言うとおり、私の部屋は本で溢れている。 本が散らばっている、という訳では無くて、文字通り本で溢れている。 「ついつい、買っちゃうのよね」 壁は勿論の事、床の半分は本に覆われている。 布団の上も例外ではない。 「主はどのような本が好きなのだ?」 シルフィは積まれた本の上に座りながら、部屋を見回した。 壁にもたれながら、少し考える。 今まで店先で興味を持った本を片っ端から買っていたから、ジャンルを気にした事が無かった。 「……強いていえば、神話かしらね」 今まで読んでいた本を見ながら呟いた。 その本のタイトルは「銀の鍵の門を超えて」 「神話か。だが、私のデータの中にある神話とは少し違うようだ」 それもそうだろう。神話、と言っても創作神話の類だ。 比較的新しい、150年程前の作品だ。 最も、これ以外にも神話関係の本は多い。 ケルト神話、ゾロアスター教。ベガーナ神話。 どれもこれも、他の神話に比べて少しマイナーだろう。 「神話とか民族伝承って不思議なものなのよ。凄く離れた地域の神話なのに、似たような神様、似たようなエピソードがあるの」 「そうなのか」 シルフィは小首を傾げた。 その拍子に、短いツインテールにした桃色の髪が揺れた。 「ええ。例を上げればギリシャ神話と中国神話かしら」 読んでいた本を置き、近くの山から目当ての本を引っ張り出す。 「ギリシャ神話と中国神話の共通点は世界創造ね。ギリシャ神話では世界の始まりはカオス……混沌の神から生まれたと言われているわ」 少しやつれた革表紙の本をぱらぱらとめくり、刺し絵が描かれた頁を開き、シルフィに見えるように床に置いた。 「中国神話では、世界が生まれる前は全てが卵の中身の様にドロドロと渾沌としていたと言われてるの」 また、違う山から本を引っ張り出す。 今度は真新しいカバーの本を開き、同じようにシルフィに見せる。 「成程。挿絵がそっくりだ」 シルフィの言うように、そこには黒いタールのような絵と、似たような楕円形の絵が描かれていた。 「そして、両方とも混沌から大地神か、それに似た存在が生まれるの」 広げていた本を閉じ、傍らに積む。 その時、私はある伝承を思い出した。 「シルフィ。貴女は何型だったかしら」 「セイレーン型だが?」 突然の問いに、少し目を丸くしながらシルフィは答えてくれた。 「その語源は知っている?」 「歌声で船乗りを惑わす怪鳥、とデータにはあるが」 その答えに満足しながら、また本を引っ張り出す。 「セイレーンはギリシャ神話における上半身が人、下半身が鳥の怪物の事を指すわ」 「下半身が鳥……なんとも奇妙だな」 古ぼけた挿絵がのった頁を開き、地面に広げる。 「そうね。何より奇妙なのはセイレーンが海の怪物って事ね」 「そう言えば……まるで、人魚だ」 海の隙間から船乗りを誘惑するように泳ぐ挿絵を見ながらシルフィは言った。 「そうね。後世ではまさに人魚として扱われる事の方が多くなったわ」 「……そう言われると、少し複雑な気分だ」 「でも、貴女を作った人たちはそういう事を理解している人たちだと思うわ」 「そうなのか?」 シルフィを迎えた時に付いてきた武装パーツの名前を思い出しながら言った。 「ええ。貴女の武装の名前……ゼピュロス、エウロス、ボレアスは全部、風に関する神様の名前なのよ」 「風……か」 シルフィは密かに嬉しそうに呟いた。 「それに、装備の名前もそうね。イリスは虹の神様。他の名前は全部風に関する神様の名前なの。風は空を連想させるし、鳥は空を飛ぶものでしょう?」 「主よ、もしかして、私の名は……」 期待を込めた眼差しでシルフィは私を見上げてきた。 「そう。シルフィは風の精霊。貴女にぴったりの名前だと思わない?」 それを聞いた瞬間、シルフィは満面の笑みを浮かべた。 嬉しそう、を通り越して幸せそうなその表情を見ていると、こっちも嬉しくなってくる。 「主よ……今一度素晴らしい名を付けてくれた事を感謝する」 「どういたしまして……もう直ぐお昼ね。ご飯にしましょう、手伝ってくれるかしら?」 思いの外、会話に熱中していたようで、気付けば12時まで数分だった。 「勿論だ……と、言いたい所だが、私如きでは足手纏いにしか……」 「大丈夫よ、シルフィ」 こんな時の為に、一緒に買ってあったある物がある。 「……家事用外骨格、ヘンデル。主、これは?」 「國崎技研ってとこが出してる、名前の通りのモノよ」 神姫に対してかなり大きな箱を引っ張り出しながら店頭で見た謳い文句を思い出す。 「これで一緒にお料理出来るわね?」 「ああ、主よ。これなら十分な力になれよう」 学生にはちょっと痛い出費だったけど、シルフィと料理が出来るのならお釣りが来る。 武装神姫。 私の、私だけの新しい家族 トップへ 2話へ -
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「こんばんは、あなたの3Sが斬るのお時間です」 「ちなみに、所有格への抗議は一切受け付けておりませんワン」 「……まさにありがた迷惑」 「しかも今回は、豪華三本立て!」 「正気の沙汰とは思えませんねワン」 「……まさに自重しろ」 「さて、本日のお題はこれ! 『ちょっと小粋な神姫ジョーク』!」 「これはまた突飛な方向にワン」 「……『隣の塀に、空き地が出来たってねー、ウォール』」 「まぁ皆さんに、小粋なジョークをご披露していただこうと、そういう企画です」 「しかも、せっかくですので神姫に絡んだジョークを、とそういう訳ですねワン」 「……『隣の柿はよく客食う餓鬼だ』」 「テッコさん、新種の妖怪誕生は程ほどにお願いしますワン」 「しかもそれはジョークですらありません」 「……残念」 「ええと、このままではいつもの事とはいえグダグダになる一方ですので、 私めが先陣を切らせていただきますワン」 「おー」 「(ぱちぱち)」 「では。 ……あるマスターの前に、魔神が現れてこう言いました。 『三つまで、何でもお前の願いを叶えてやろう。さあ、三つ目の願いを言うのだ!』 そこでマスターが、なぜもう三つ目なのかと問うと、魔神はこう答えました。 『それはな、二つ目の願いが”一つ目の願いをなかったことにする”だからだ。 それを叶えて、一つ目の願いが実現する直前までさかのぼったから、 お前にはその記憶がないと言うわけだ』 マスターは釈然としないながらも、三つ目の願いを口にしました。 ”自分の武装神姫と、ずっと一緒にいたい”と。 魔神は大きく頷きました。 『よかろう、その願いを叶えよう!』 そして魔神は、にやりと笑ってこう付け加えました。 『だが、その願いは一つ目の願いと同じだな!』 ……以上、お粗末でしたワン」 「……興味深い」 「ええ、まったくです」 「確かに、ジョークとはいえ含蓄のあるお話ですワン」 「いえそういう教訓めいたお話はどうでもよくてですね」 「(うんうん)」 「と仰るとワン?」 「ええ、犬○さんが、そのジョークを選んだ心理的背景を推察すると、なかなかに興味深いな、と」 「……無自覚な不安の投影、あるいは立場の倒錯」 「は、ありえませんワン」 「……言い切った」 「言い切りましたね。犬○さん男前です」 「ご理解感謝です。……ですが、まぁですねワン……?」 「?」 「なんでしょう?」 「私がこのジョークを知った際に、私のよく知る武装神姫たちを思い浮かべなかったといえば 嘘になりますねワン」(見た目だけは純粋は微笑み) 「……………………」(不敵な微笑み) 「……………………」(シニカルな微笑み) 「元のジョークは、武装神姫の部分を恋人に替えたものですね」 「男女関係とか結婚とか、ブラックジョークの宝庫だしねぇ……あれ? どうしたの?」 「ご気分でも悪いのですか?」 「は?!………ち、ちがうわよ?! 別に『私も契約キャンセルできないかなー』なんて カケラも思ってないわよ?!」 「……ご苦労されているようですねぇ」 「うん、恥ずかしい事じゃないよ。人間たまに心が弱まったとき、普段なら絶対に考えもしないような、 魔が刺したとしかいいようがない事をふっと思ってしまう事だってあるよ?」 「や、優しい目で私を見るなー!!」 <戻る> <進む> <目次> 犬子さんの土下座ライフ。 クラブハンド・フォートブラッグ 鋼の心 ~Eisen Herz~
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新たなる力を手にし 7月29日(金) 「練習相手、ですか?」 翌日の午後、私は柏木さんに一つの頼み事をしていた。 昨日の午後と今日の午前中に練習した薙刀と機関銃の成果を確認したかったのだ。 「そうですね、僕もたまにはライドしないと、体が鈍ってしまいますからね」 「そうですねぇ、店長は慢性的に運動不足ですし」 そう言ってエリーゼは腕を組んでいる。そんなエリーゼを思わずまじまじと見てしまう。 「…………」 「ん、どうしました?」 「最近驚かさないなと思って」 「ああ、店長と樹羽さんには効かないことはわかりましたから。無駄なことはしたくありません極力」 どうやらこれからは驚かさないようだ。内心では驚いていて最近それが表に出そうだと思っていたから、都合がいい。 と安心した所を驚かされるのが容易に想像できるから、あくまで気は抜かないが。 「そう言えば華凛さんはどうしたんです?」 柏木さんが疑問に思うのは無理もないが、今日華凛は用事があるとかで午後になったら来ると言っていた(連絡は昼にあったけど)。だからもうすぐ来るはず。 「こんにちは~。まったく夏期講習って面倒よね~」 噂をしたらなんとやら、間延びした華凛の声がして店の扉が開かれる。その瞬間、エリーゼの姿が視界から掻き消えるのを私は見逃さなかった。 華凛は制服姿だった。しかし、どこかやつれているようにも見える。いつも鮮やかとも言える髪の張りがない。疲れているのだろうか? 「いらっしゃい、とりあえずそこに腰掛けて待ってて下さい。今何かいれて来ます」 柏木さんは空いているソファを指し示し、カウンターの奥のドアの奥に消えた。 「じゃあ、よっこいしょっと……」 華凛が空いているソファに座ろうとした。つまり出来なかった。 「トゥッ、ヘァーッ!」 「どああっ!?」 ソファの座る部分がばん、と開き中からエリーゼが飛び出したのである。何故であろう。なんか背中に大きなオーラのようなモノが見える。まぁ気のせいだろうけど。 「エ、エリーゼ! あんたは一体なんなのよ!」 「やっぱり華凛さんは驚いてくれるんですね。まぁこんな事が得意でも何の意味もありませんけど」 エリーゼが何やら感傷に浸りながらソファから降りる。華凛は軽いため息をつきながら今度こそソファに座った。 「はぁ……なんかお店に来る度に驚かされてる気がする」 「私と柏木さんに効かないから華凛に照準を定めた?」 「シリアにやればいいじゃない。なんであたしばっかり……」 当のシリアはポーチの中で苦笑いを浮かべている。この間なんか影が薄くないかと相談されたが、もしかしたらその通りなのかもしれない。 「で、首尾はどうなの?」 「それを今日確かめる」 「そっか……」 華凛はそれきり黙ってしまった。やっぱり疲れているのかもしれない。 妙な気まずさだけが店内に残り、私は柏木さんが帰ってくるのを待つしかなかった。 朝目を覚ますと、異様に暑かった。昨日は熱帯夜だったから、朝になって余計に熱いのかもしれない。 とてつもなくだるい体をなんとか起こす。体が気持悪いと思ったら寝汗で服がびしょびしょだった。 「…………」 時計を見てみると、既に短い針が真上を指していた。訂正、朝ではなく昼だ。 「起きなきゃ……」 今日は朝から樹羽と一緒に行動するはずだったのに、つい寝過ごしてしまった。 今日は29日、貴重な時間を睡眠に使ってしまった。これからは気を付けないと。 とにかく樹羽に連絡しなければならない。あたしはベッドの脇に置いてある携帯を手に取る。これだけの作業なのに、下手をすれば息切れしそうになる。 落ち着いて呼吸を整え、樹羽の番号を呼び出し、通話ボタンをプッシュ。数回のコールで電話は通じた。 「もしもし、樹羽?」 『華凛? どうしたの? 今日来なかったけど』 樹羽の問いに、あたしは前もって考えて置いた答えを言った。 「ちょっと用事があってね。ごめんね、昨日の内に言っとけばよかった」 『ううん、平気。午後は来れるの?』 「ええ行くわ。樹羽の成長ぶりを見ないとね」 『そんなにうまくないよ?』 「謙遜しない。樹羽器用なんだから、武器の一つや二つ、すぐに使いこなせるでしょ」 『大袈裟』 自然と笑いがこみあげてくる。少し落ち着いてから次の言葉をつむぐ。 「じゃあ行くからね。勝手に始めちゃわないでよ?」 『うん、待ってる』 電話を切る。通話時間はそんなにかかっていないが、不思議と体のダルさは取れていた。これなら動ける。 あたしはまず汗で濡れた体をどうにかしようと風呂場へ向かった。 樹羽には用事があるとしか言っていなかったが、あたしは制服を着ていくことにした。夏期講習があったと言えば問題ない。 「こんにちは~。まったく夏期講習って面倒よね~」 あたかも高校から直接きたように扉を開ける。店の中にあるソファには仁さんと樹羽が座っていた。シリアも樹羽のポーチから顔を覗かせている。 「いらっしゃい、とりあえずそこに腰掛けて待ってて下さい。今何かいれて来ます」 仁さんが空いているソファを指し示し、カウンターの奥のドアの奥に消えた。 「じゃあ、よっこいしょっと……」 あたしは指定されたソファに座ろうとした。その時のあたしは一週間前の経験を忘れていたらしい。 「トゥッ、ヘァーッ!」 「どああっ!?」 突然ソファからエリーゼが飛び出してきた。一週間前にも同じように驚かされた気がするのは気のせいではない。 「エ、エリーゼ! あんたは一体なんなのよ!」 「やっぱり華凛さんは驚いてくれるんですね。まぁこんな事が得意でもどうしようもありませんけど」 エリーゼがソファから降りる。あたしは軽くため息をつきながらソファにすわった。 「はぁ……なんかお店に来る度に驚かされてる気がする」 「私と柏木さんに効かないから華凛に照準を定めた?」 「シリアにやればいいじゃない。なんであたしばっかり……」 ま、こんなこと言っても何も変わりはしないけど。 「で、首尾はどうなの?」 「それを今日確かめる」 「そっか……」 自然とそこで会話が途切れた。なんでだろう、理由はわからない。疲れてるのかな、あたし。 しばらくすると仁さんが人数分のカップを持ってきた。カップからは湯気が立ち上り、少し甘い匂いがする。それはチョコレートの匂いだった。ホットココアだろう。 「とりあえずどうぞ」 あたしと樹羽はそれを受けとり、一口。うん、なんか程良い甘さだ。 「華凛さんも来たことですし、始めましょうか」 実はあたしは仁さんから呼ばれていたりもする。仁さんがバトルしている間の店番だ。まぁ、あたしは呼び出されるまでもなく来るつもりであったが。 二人が練習用の筐体に向かう。あたしは樹羽の様子を見た。少し緊張したような、そんな表情。もっとラクにしたらいいのに、とあたしは思ったが言わなかった。 仁さんはいつもの調子でヘッドギアをつけている。この人は昔からどこか掴めないイメージがある。空気(決して影が薄いと言う意味ではない)、と言うかそんな感じ。悪く言って目立たない。良く言ってどこでも対応できる。そんな店の主は今、あまり得意でないバトルをしようとしている。練習相手としてはちょうどいいかもしれない。 樹羽がシリアと言葉を交す。会話の内容まではここまで聞こえてこないが、樹羽の表情が僅かに和らぐのがわかった。 (シリアも頑張ってるわね) やがて二人が筐体にライドした。あたしは戦闘の様子を店のパソコンで見ることにする。 「……あと、3日」 不意にそんな言葉が漏れた。そう言えば、あと3日しかなかったのだ。 「……っ」 頬を一筋の涙が伝う。あたしはそれを拭うとパソコンの画面を食い入るように見た。 時間がない。わかってはいるけど、これは樹羽の問題だ。あたしが動き回っても限界がある。 「樹羽、頑張ってよ……」 あたしは準備を進める樹羽にそう小さく呟いた。 第九話の2へ トップへ戻る